💡 この記事のポイント
- 平成の体育会系で受けてきたパワハラ・暴力のリアルを正直に振り返る
- 正座7時間や暴力など、当時「指導」とされた理不尽の記録
- 厳しさとパワハラの線引き、向き合い方を考える記事
今回は、僕が学生時代から社会人にかけて経験してきたパワハラ・暴力について書いていこうと思います。
僕は小中高と野球をやってきて、大学ではアメリカンフットボール。中学・高校では硬式野球に打ち込んできた、がっつり体育会系人間です。年齢は30歳。平成の中期〜後期に青春を過ごしてきた世代です。同じ時代に部活動をやっていた方なら、きっと共感してもらえる部分があると思います。もう時効だと判断して、正直に書いていきます。
1. 中学時代 正座7時間という地獄
中学校では、リトルシニアという公式の硬式野球クラブチームに所属していました。全国レベルの強いチームで、練習もそれ相応にきつかった。何回辞めようと思ったか、数えきれません。
ある冬練の日のことです。9時集合、アップをこなして9時半から練習開始。しかし30分も経たないうちに、僕は練習についていけなくなった。監督に目をつけられました。最初に言われたのが「お前は気合が足りん」。そして、殴られた。その後、「正座しとけ」という一言が来ました。
時刻にして10時頃のこと。そこから正座が終わるのは、日没。ざっと6〜7時間です。足はしびれ、動けない。しかし許可がなければ動くことも許されない。月謝を払って正座しに行っている状況、とでも言えばいいでしょうか。今振り返れば笑い話のようですが、当時は本気でそれが「指導」として行われていました。
中学2年の時には、膝に水が溜まって満足に走れない状態になりました。医者からも「動くのは避けてください」と言われていた。練習前に監督に相談しました。「膝が痛くて走れない状態で、練習参加は難しいです」と伝えた。返ってきた答えは「ダメだ、入れ」でした。
仕方なくランニングに参加したが、やはり走れない。するとまた「正座しとけ」となりました。さらにはバットで膝を上から押さえつけられて、強制的に正座の体勢にされることもあった。膝が壊れかけている状態で、上からバットで押さえつけられる。今思えば完全にアウトです。しかし当時は「そういうもの」として受け入れていました。
一度だけ、本気で辞めようと決意したことがあります。しかし、小学校のころから野球を教えてくれていた友達のお父さんが、全力で引き止めてくれた。尊敬できる大人のひとりでした。その人に泣きながら「ちょっと頑張ってみます」と言って、結局続けることにしました。
翌週、監督は何も言わなかった。こちらから謝ることもなかったが、向こうから謝られることも一切なかった。「上の人間は謝らない、非を認めない」ということを、中学生のうちに体で学びました。
それでも最終的には、チームでレギュラーを勝ち取りました。全国大会まで進み、神宮球場でプレーした。1回戦で負けはしましたが、あそこに立てたことは今でも誇りに思っています。強さとパワハラが、当時は完全にセットになっていました。
2. 高校時代 バットで頭を殴られるのは日常
高校でも硬式野球を続けました。バットで頭を殴られることは、日常茶飯事でした。あまりにも当たり前すぎて、中学の話をしていた時も最初は出てこなかったほどです。「そういえば頭も殴られていたな」と、後から思い出したくらいでした。
試合中でも関係なく正座させられた。相手チームのベンチからも見える位置で正座をさせられ、恥ずかしい思いをしたことも一度や二度ではありません。監督の指示に1ミリも逆らえない、自分の意思では戦えないチームでした。
今でも印象に残っているエピソードがあります。後輩の話です。監督やコーチの言うことに納得がいかず、顔にそれが出てしまった子がいた。気持ちはわかります。理不尽なことを言われれば、どうしても態度に出てしまうことはある。それを見た監督が激怒し、グーでボコボコに殴った。その子は血が止まらなくなり、何針も縫うケガをして病院へ運ばれました。そして翌日、顔がパンパンに腫れたまま普通に試合に出ていました。さすがにその時は「これはまずい」と感じた。しかし誰も何も言えない空気が漂っていました。
3. 大学時代 寮の夜8時、正座でありがたいお言葉
大学ではアメリカンフットボールをやっていました。先輩が怖い。これに尽きます。100キロ超えの先輩がずらりと並ぶ環境で、フィジカルの圧がまず別次元でした。
1年生は全員、夜8時になると寮の一室に集まる。そして正座して4年生を待つ。4年生がやってきて、「ありがたいお言葉」をいただく。これが定番の光景でした。何を言われるかはその日の空気次第で、良い日もあれば長い夜になる日もあった。ただ、2年生の先輩たちは空気を読んでくれていて、わりと優しく接してくれた。厳しい環境の中にも「ちゃんとした先輩」がいるというのは、救いだったと思います。
4. 消防署で味わった「陰湿ないじめ」
消防署に入ってからは、また別の種類のしんどさがありました。体育会系のように面と向かって殴られるとか、正座させられるとか、そういったものではない。もっと陰湿な形でした。
裏で悪口を言われる。自分がいないところで話がまとまっている。輪の中に入れてもらえない。そういった空気感の中でのいじめでした。中学や高校で受けてきたパワハラは、理不尽ではあったものの「面と向かって」だった。嫌なことは嫌だとはっきりわかる。長年の体育会系生活で、そういった圧力には一定の免疫がついていました。
しかし消防署でのいじめは、何が起きているのかがわかりにくい。「自分の気のせいかもしれない」と思わされてしまう。陰湿さには全く免疫がなく、メンタルを病みました。正直なところ精神的に追い詰められた時期もあった。体育会系の暴力的な圧力には慣れていたのに、陰湿さには全く慣れていなかった。これは自分にとって完全な盲点でした。
5. パワハラと向き合うために、僕が思うこと
ここからは、これまでの経験を踏まえた上で、僕なりに考えていることを書かせてください。最近は、何かあるとすぐ「パワハラ」という言葉に結びつける風潮があるように感じます。
もちろん、明らかにアウトなものはアウトです。後輩が何針も縫うケガをしたあの出来事は、どう考えても許されない。膝に水が溜まっている状態でバットで押さえつけられたことも、今の基準では完全にアウトです。それは間違いありません。
ただ、厳しい指導のすべてが悪かったかといえば、そうは思っていません。たとえば「なぜそうするのか」をきちんと説明してくれる指導は、実はとても貴重なものです。「これをやれ」ではなく「こうするのはこういう理由があるから」と筋道を立てて話してくれる指導者は、実際には少ない。そういう人に出会えたことは、振り返れば幸せなことだったと思います。厳しさも、優しさのひとつの形だと今は考えています。
怒鳴られたとき、詰められたとき、「この人はなぜこうしているのだろう」と一度立ち止まって考えてみることが大切です。感情的に怒っているだけなのか、それとも本当に自分のことを思っての言動なのか。その意図を読み解けると、受け取り方が少し変わってきます。
もちろん、意図を読んだ上で「これはただの理不尽だ」と判断したなら、ちゃんと声を上げていい。自分のメンタルを守ることも、同じくらい大切です。しかし最初から「これはパワハラだ」とシャットアウトするよりも、一度精査してみる。その余裕を持てると、少し生きやすくなるのではないかと思っています。体育会系の世界を経験してよかったことも、間違いなくあります。あの日々のすべてを否定したいわけではありません。
最後まで読んでいただきありがとうございました。元消防士のトラックドライバー🧑🚒🚚
よくある質問(FAQ)
Q. 厳しい指導とパワハラの違いは何ですか?
「なぜそうするのか」を説明し、相手の成長を願う指導は価値があります。一方、感情的な暴力や理不尽な罰はパワハラです。意図を一度見極めることが大切だと考えています。
Q. 理不尽な指導を受けたらどうすべきですか?
意図を精査した上で「ただの理不尽だ」と判断したなら、声を上げて自分のメンタルを守ってください。我慢が美徳とは限りません。
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