「なんで自分はこんなに要領が悪いんだろう」——社会人になってからも、ふとした瞬間にそう思う場面が何度もありました。仕事の段取りがうまく組めない、人の輪にうまく入れない、言われたことしかできない。まわりと比べては落ち込む、その繰り返しでした。
でも、消防士として5年半働き、トラックドライバーに転職して人生を見つめ直すなかで、ひとつ気づいたことがあります。それは、コミュ障・不器用・要領の悪さは「生まれ持った性格」ではなく、育ってきた環境によってつくられてきたものだ、ということです。性格のせいにしている限り変えられませんが、環境が原因だと分かれば、これからの行動で変えていけます。今日は、自分を振り返って見えてきた「3つの原因」を正直に書いていきます。
原因① 何でもやってもらえる環境で育った
自分は長男で、やってほしいことはだいたい先回りしてやってもらえる環境で育ちました。困る前に手が差し伸べられ、欲しいものはわりとすんなり手に入る。一見ありがたいことのようですが、これが曲者でした。
「自分が望んだものはだいたい手に入る」という感覚が身についてしまうと、自分の頭で考えて、自分の手で解決する力がなかなか育ちません。失敗して、悩んで、工夫して乗り越える——その経験の場数が圧倒的に足りなかったのです。だから社会に出て、誰も先回りしてくれない環境に放り込まれた瞬間、「自分は何もできない」という現実に直面しました。要領の悪さの正体は、能力ではなく、考えて動いた経験の少なさだったのだと思います。
原因② 喋れないのに、陽キャの集団にいた
中学校のころ、自分は見た目のイメージだけで、いわゆる“陽キャ”のグループに属していました。まわりからはそう見られていたけれど、実態はまったく喋れない。本当は何を話していいか分からず、輪の中にいるのに心はいつも置いてけぼりでした。
本音を出せないまま、キャラだけが先行していく。そのギャップを埋めようと無理をすればするほど、自分の言葉で話すことが怖くなっていきました。「思っていることを口に出す」という当たり前の練習をしないまま大人になったことで、コミュ障はどんどん加速していったのだと思います。コミュニケーションは才能ではなく、場数で鍛えるもの。その場数を、当時の自分は避け続けていました。
原因③ 体育会系の環境で、自己主張をする機会がなかった
小学校から高校まで野球、大学ではアメリカンフットボールをやっていました。スポーツから学んだことは多く、今でも感謝しています。ただ、上下関係の厳しい体育会系の世界では、先輩や指導者の言うことに「はい」と返事をして従うのが基本です。
「はい」と従うこと自体は悪くありません。問題は、自分の意見を言う機会がほとんどないまま長い時間を過ごしてしまったことです。考える前に体が動く、指示がないと止まってしまう。自分で考えて、自分で決めて、自分の言葉で主張する——その筋肉を使う場面が少なかったぶん、社会に出てから苦労しました。消防士の現場でも、最初はこの“指示待ち体質”にずいぶん悩まされました。
原因が「環境」なら、これから変えていける
こうして振り返ると、自分のコミュ障・不器用・要領の悪さは、生まれつきの欠陥ではなく、「自分で考えて動く経験」と「自分の言葉で話す経験」が足りなかったことの結果でした。逆に言えば、これからその経験を積めば、少しずつでも変えていけるということです。
実際、消防やトラックの仕事を通して「自分で段取りを組む」「自分の言葉で伝える」を意識的に繰り返すなかで、昔よりはずいぶんマシになりました。同じように「自分は要領が悪い」と悩んでいる人がいたら、どうか自分を責めないでください。それはあなたの性格のせいではなく、環境のせい。そして環境は、今日から少しずつ変えていけます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。元消防士のトラックドライバー🧑🚒🚚

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